弁慶石 ~武蔵坊弁慶が愛した石

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源義経に仕えた、豪傑な荒法師として知られる武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)。「弁慶の泣き所」とか「内弁慶」といった言葉が作られるぐらい庶民に親しまれた弁慶ですが、意外にも、そのひととなりは知られておらず、謎多き人物と言われています。それだけに、弁慶には様々な伝説があるのですが、そのひとつに、ある大きな石にまつわる伝説が京都に残っています。今回は弁慶が愛した石、「弁慶石(べんけいいし)」の話をしましょう。

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武蔵坊弁慶の出生から、源義経に出会うまで

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武蔵坊弁慶は『義経記』(源義経を中心に描かれた軍記物語)によると、今の和歌山県田辺市に熊野別当(熊野詣の地を管轄する役職)であった湛増(たんぞう)という人物と二位大納言の姫君との間に生まれたとあります。弁慶は母のお腹の中に18ヶ月もいたため、生まれたときには、体が普通の赤ん坊の3倍もあり、髪は肩まで伸びていて、歯も前歯と奥歯が既に生え揃っていたと言われています。

そんな異形とも言える弁慶を、父の湛増は愛情を持って育て、幼名を「鬼若」と名付けました。そして、学問の道へ進ませるために、比叡山延暦寺に入山させたのです。

ところが弁慶は学問を学ぶことをせず、人並み外れた腕力がある弁慶は延暦寺でやりたい放題の日々を過ごしていました。ところが、そんな生活に嫌気を差した弁慶は延暦寺を去ることを決意し、名も鬼若から、武蔵坊弁慶に改めました。

その後、弁慶は播磨の書写山のお堂や僧坊に火をつけるなどの悪行を重ね、そんな悪行のひとつとして行ったのが、千本の太刀の略奪でした。そこで、弁慶は義経と運命の出会いをすることになるのです。

“石フェチ”弁慶が愛した巨石

三条通麩屋町には洒落た店舗が建ち並んでいますが、その建物の入り口に「弁慶石(べんけいいし)」と呼ばれる、1メートルほどの高さがある大きな石が立っています。

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面白いことに、弁慶は“石フェチ”、つまり、石が好きだったそうなのですが(北海道の「刀掛岩」、「薪積岩」、和歌山県の「弁慶の腰掛石」、京都府園部町の「弁慶たて石」など、弁慶に関わるとされている石が全国に残されている)、この石は、特に弁慶が熱愛した石だと言われているのです。

弁慶は子どもの頃、この弁慶石がある麩屋町に近い、三条京極に住んでいました。その時に弁慶が大切にしていたのが、この弁慶石と呼ばれる石です。

弁慶石が突然…

1189(文治5)年、弁慶は義経を守って、一緒に奥州に逃れ、高館(たかだち:現・岩手県平泉)において、俗に言う“弁慶の立ち往生”で最期を遂げます。その弁慶の死を憐れんで、弁慶が大好きだった石を三条京極から高館に移したのでした。

それから暫く経ったある日のこと、突然、その石が「三条京極に帰りたい!」と喚きだしたのです。石から人の声がするわけですから、人々は気味悪がり、大騒ぎになりました。そして、高館には原因不明の熱病が蔓延するようになり、人々は弁慶の祟りだとして、石を京都へ送り返したのです。

数々の伝説が残る弁慶石

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京都に戻ってきた石は、供養のために河原町にある誓願寺(せいがんじ)というお寺の方丈庭園に長きの間、置かれていましたが、1893(明治26)年に有志により引き取られ、1929(昭和4)年7月12日に現在の場所に安置され、その石は「弁慶石」と呼ばれるようになったそうです。そして、その時に町名も弁慶石町と改められたと言われています。

このようになかなか興味深い言い伝えが残る弁慶石ですが、この他にも“立ち往生した弁慶が変化(へんげ)した石”だとか、“この石は怪力の弁慶が比叡山から投げて、ここまで飛んできた石”という、まさに伝説らしい伝説も残されています。

また、現在でも弁慶石は「男の子が触れば力持ちになる」とか、「火難や病魔から逃れることができる」といった伝承が信じられ、町の守り神として、親しまれているのです。

人々に愛され続けている弁慶

武蔵坊弁慶は史実においては、唯一、鎌倉時代に作られた歴史書『吾妻鏡(あずまかがみ)』に都落ちした義経一行の中に、弁慶の名前が出てくるだけで、本当のところ実在したかどうかもはっきりとしていないとされています。それでもなお、このように多くの伝説が残されている弁慶はそれほどに人々から愛されたということなのでしょうね。

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因みに、この石の由来にはまったく別の説があって、この石は昔、この町に住んでいた大工の弁慶仁右衛門の家の庭にあった石だともいわれることもあるようです。でも、それはあまりにも味気ないことなので、やはり、この石は弁慶が愛した石という説のままであって欲しいものです。

弁慶石:京都市中央区三条通麩屋町東入ル弁慶石町

(写真・画像等の無断使用は禁じます。)

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