護王神社 ~狛イノシシが神社を護る!?

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神社や寺院を訪れると、その山門の両脇や本堂の前の左右に、必ずと言っていいほど「狛犬(こまいぬ)」を見かけます。「狛犬」はご存知のように、神社の魔除けとされているものですが、その多くは、ライオンが起源とされる、ちょっと怖い顔をした獅子が一般的です。ところが、京都御所の近くにある「護王神社(ごおうじんじゃ)」には、狛犬ならぬ“狛イノシシ”が拝殿の左右に鎮座しているのです。でも、何故、イノシシなのでしょうか…。今回は狛イノシシが迎えてくれる「護王神社」の話をしましょう。

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雌雄一対の狛イノシシ

護王神社は平安京の造営の功労者、和気清麻呂(わけのきよまろ)を祀る神社です。護王神社の表門をくぐると、正面に拝殿があり、その左右に雌雄一対の“狛イノシシ”が置かれています。どこかユーモラスで愛嬌のある顔つきをしている“狛イノシシ”ですが、その由来は、この神社の御祭神・和気清麻呂に関係があるのです。

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和気清麻呂を護った300頭のイノシシ

奈良時代末期の頃、世に怪僧といわれた弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は女帝・孝謙天皇から深い寵愛を受けていたことで、太政大臣に昇り、更に自ら天皇の位に就こうと画策をしました。その画策とは「道鏡を皇位に就かせたならば、国は安泰である」とするお告げが、宇佐八幡大神より下ろされたことを太宰主神(だざいのかんづかさ)習宣阿曾麻呂(すげのあそまろ)という者に嘘の奏上をさせたというものでした。

そのお告げに驚いた孝謙天皇は、真偽を確かめるために、勅使として清麻呂を宇佐八幡宮(現大分県)に向かわせたのです。そこで、清麻呂は宇佐八幡宮の神から「天皇の位は皇族が継ぐものである」とお告げを受け、道鏡の画策を見破った清麻呂は急いで都に戻り、孝謙天皇に事実を伝えたました。

これによって、道鏡の野望は見事に打ち砕かれるのですが、それに腹を立てた道鏡は怒りが収まらず、逆恨みもいいとこですが、清麻呂の脚の腱を切って、大隅国(現鹿児島県)に追放してしまったのです。清麻呂はその道中で、暗殺を謀って送られた道鏡の刺客に襲われましたが、その時、どこからともなく300頭あまりのイノシシの大群が現れ、それに驚いた刺客たちは逃げ去り、脚の不自由だった清麻呂を無事、宇佐八幡宮に着くまで護ったと言われています。清麻呂にとって、イノシシは命の恩人だったわけですね。

このように、イノシシが清麻呂を助けたとされることから、イノシシが護王神社のシンボルとして祀られるようになり、明治になって、狛犬ならぬ“狛イノシシ”が設置されたのです。

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足腰にもご利益があります

清麻呂とイノシシの話にはまだ続きがあります。無事、宇佐八幡にたどり着いた清麻呂が参拝を終えると、不思議なことに300頭もいたイノシシは煙の如く、瞬時に消え去ってしまったのです。そして、清麻呂の切られた脚の傷が見る見るうちに治り、痛みもとれて、歩けるようになったと言われています。このような言い伝えから、護王神社は足腰の病気や怪我の回復にご利益があると言われ、今はスポーツ選手も多く、参拝に訪れています。

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イノシシと切っても切れない深い縁

この他にも、鼻をなでると幸せが訪れると言われている「霊猪手水舎」や願い事をかなえてくれる「願掛け猪」など、イノシシにまつわるご利益がいろいろとある護王神社は、イノシシとは切っても切れない深い縁があったのです。ユニークな“狛イノシシ”に会いに、ちょっと立ち寄ってみては如何でしょうか。

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護王神社:京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385 TEL : 075-441-5458 

(写真・画像等の無断使用は禁じます。)

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