京都怪異譚 その29『蛙を殺す ~陰陽師・安倍晴明の伝説』

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京都市上京区の堀川通一条に位置する晴明神社(せいめいじんじゃ)。その名の通り、祀られているご祭神は、平安時代の高名な陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)です。

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古代、大陸から渡来した陰と陽、そして、木・火・土・金・水の五行から、この世界の森羅万象を読み解くという理論体系『陰陽五行思想』を日本独自で進化、発展させたものを“陰陽道(おんみょうどう)”と呼ばれていますが、その陰陽道の傑出者として名高い人物が安倍晴明だと言われています。

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陰陽師 安倍晴明とは?

平安時代の人々は、北西の方向が悪いとなれば、その方向に向かわないとか、日が悪いとなれば、物忌みとして家から外に出ないなど、生活のすべての吉凶を陰陽道に基づいて判断していました。その吉凶を占うのが陰陽師(おんみょうじ)です。陰陽師は、太陽や月などの天体の動きを観察して暦を作り、日柄の吉凶や土地の吉凶を判断するなど、「占い」が主な仕事でしたが、悪い出来事やその兆候に怯える人たちから、不安を取り除くことも、陰陽師の重要な役割でした。

2001(平成13)年に狂言方和泉流の能楽師であり、俳優でもある野村萬斎(のむら まんさい)主演による日本映画『陰陽師』のヒットにより、陰陽師ブームが起こり、安倍晴明の名が一般的にも広く知れ渡りました。最近ではフィギアスケートの羽生結弦(はにゅう ゆづる)選手がフリーで陰陽師・安倍晴明を演じる「SEIMEI」を披露したことも記憶に新しいところです。

因みに晴明が陰陽師として歴史の表舞台に登場するのは、摂政・藤原道長(ふじわらのみちなが:平安時代の中期の公卿。藤原氏の最も栄えた時代を作った人物)に重用されるようになってからで、晴明が57歳の時のことだと言われています。

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安倍晴明は、最終的に朝廷内にある役所、陰陽寮の天文博士の地位まで登り詰めますが、若かりし頃の晴明を知る記録は一切、存在せず、如何にして天文博士に就いたのかはまったくわかっていません。ただ、陰陽師としては抜きん出て優秀だったようで、天皇や貴族たちから信頼を得、事あるごとに相談を受け、術を施したという記録が多く残されています。

数々の伝承を遺す安倍晴明

1,080種もの術を会得していたと言われる晴明は85年の生涯を閉じるまで、鬼や物の怪などの魔物を封じ込め、聖地に結界を張るなど、日本各地で数々の霊的なチカラを発揮しました。また、同時に数々の興味深いエピソードが生まれました。

平安時代末期の説話集『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』や鎌倉時代前期の説話集『宇治拾遺集(うじしゅういしゅう)』にも、幼少の頃、普通の人には見えない鬼の姿を見た話や、呪いをかけられた人を術で救う話、式神(しきがみ:陰陽道で、陰陽師が使う鬼神)に家の門を開閉させたり、蔀(しとみ:格子を取り付けた板戸)を上下させる話など、晴明が登場する数々の逸話が書かれています。次の逸話も、その『今昔物語集』の第24巻第16話「安倍晴明、忠行に従い道を習うこと(安倍晴明随忠行習道語)」に書かれている摩訶不思議な話です。

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僧を震え上がらせた晴明の術

平安時代の中頃のある日の朝、晴明は寛晴(かんちょう:宇多天皇の皇子・敦実(あつざね)親王の二男。東寺、西寺、仁和寺、東大寺の別当。真言宗広沢流の開祖)に会うために広沢(嵯峨野)の遍照寺(へんしょうじ)を訪れた時のことです。

ひとりの若い僧が晴明に質問をしました。

「式神をお使いになるそうですが、容易に人を殺すこともできるのでしょうか?」

その質問に晴明は柔らかい表情で答えました。

「気力を込めれば、人を殺すこともできます。ただ、容易なことではありません。虫などであれば、簡単に殺すことができますが、生き返らせる術を私は知りません。ですから、無益な殺生になるようなことはしたくはありません」

晴明の言葉に対して、別の僧が言いました。

「本当はできないから、そんなことをおっしゃるのではないのですか?」

その時、突然、蛙(かえる)が庭に飛び出てきました。若い僧は蛙を見て言いました。

「ならば、おっしゃっていることが本当のことなら、試しにあの蛙を殺して見せていただけませんか?」

晴明は渋々、答えました。

「なんと罪作りなことを…。まぁ、そこまで言うなら仕方あるまい。では、あの蛙を殺して見せましょう」

そう言うと、晴明は足もとにある草の葉を摘んで、口元に持ってきて、葉に何やら呪文を唱えると、その葉を蛙に向けて投げました。すると、草の葉は、蛙にかぶさるように乗り、その途端に蛙は葉に押し潰されたかのように、ぺちゃんこになって死んでしまいました。

その一部始終を目の当たりにした僧たちは顔色が変わり、晴明の術の恐ろしさにブルブルと震え上がりました。

千年の時を超えて…

この蛙を殺した話は、ひとつの式神を使った術の話ですが、式神の種類は他にもあって、晴明は“十二神将”という十二の式神を自由自在に操ったと言われています。晴明の家の中では、その式神たちが、来客にお茶を煎れたり、お酒をついだり、掃除洗濯まで行ったとか…。晴明にとっては式神は単に恐ろしいものではなく、便利な存在だったようですね。

安倍晴明の不思議な能力を今に伝える数々のエピソード。確かに幾分かは誇張された話ではあるのかもしれませんが、晴明が使っていた術は現在に至るまで受け継がれ、張った結界や塚などは、千年の時を超えて、今もその効力を保ち続けていると言われています。安倍晴明は平安時代に実在したエスパーだったのかもしれませんね。

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晴明神社:京都市上京区晴明町堀川通一条上ル806 TEL : 075-441-6460

(写真・画像等の無断使用は禁じます。)

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