貴船神社 ~「氣」に満ちあふれた神秘のパワースポット

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涼しげな川の水音と鮮やかな木々の緑に包まれた貴船(きぶね)。京の奥座敷として、夏の暑い季節には涼をを求めて多くの人が訪れます。

叡山電車の貴船口駅を降りて、貴船川に沿った道を北に40分ほど歩いて行くと、大きな鳥居が姿を現し、そこから両側に朱色の灯籠がずらりと並ぶ緩やかな登りの80段ほどの石段が貴船神社(きふねじんじゃ)の境内へと続きます。今回は、水を司る神様を祀った「貴船神社」の話をしましょう。

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貴船神社の始まりとは?

古くから水の神様として人々から信仰を集めている貴船神社。因みに、地名は「貴船=きぶね」と読みますが、神社は「貴船=きふね」と読みます。水の神様ですから、清らかな水が濁ることを嫌い、読みも濁点を取って「ふ」と濁らないわけです。

貴船神社の創建は正確にはわかっていませんが、伝承によると奈良時代の406~410(反正天皇の御代)年だと言われています。古事記や日本書紀で初代天皇とされている神武天皇(じんむてんのう)の母・玉依姫命(たまよりひめのみこと)が浪速(現在の兵庫県尼崎市辺り)から黄色い小舟(黄船)に乗り、「この舟の留まる地に社殿を建て、神様をお祀りすれば、国を潤し、民に福運を与えん」と言って、淀川から鴨川へ、そして鴨川から貴船川へ遡って、現在の本宮がある場所より更に北にある奥宮の地に辿り着き、そこに水神を祀ったことが貴船神社の始まりとされています。今、境内にある本宮は、遷座950年を記念して、2005(平成17)年に造営されたものなので、真新しい印象を受けますが、かなり古い、歴史のある神社なのです。

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「氣」が立ち昇る場所

“貴船”という地名も、おそらく玉依姫命が乗った“黄船”から由来していると思いますが、それよりも以前の飛鳥時代には、「木生根(きぶね)」や「気生根(きぶね)」または「気生嶺(きぶね)」と呼ばれていたそうです。貴船は生命の源である「氣」が龍の如く立ち昇る場所、「氣」が生まれる根元という意味で、氣の生じる根源の地、今で言えば、まさにパワースポットとして、いにしえから多くの人たちに崇められてきた場所なのです。そう言えば、境内に入ってすぐの左手にある御神木の桂は、根元からいくつもの幹に分かれて天に向かって伸び、更に枝を八方に広げていますが、その様はまるで神気が大地から勢いよく立ち昇る龍のように見えます。

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竜が棲む神秘の奥宮

貴船神社の発祥となる「奥宮」は、古来より皇室からも格別の崇敬を受けてきた、いわゆる古社で、創建当初は「黄船宮(きふねのみや)」と呼ばれていました。奥宮の本殿のそばには、玉依姫命が乗った黄船を隠すために小石で覆ったと言われる「船形石(ふながたいわ)」もあります。

現在、貴船神社は「本宮」とこの「奥宮」に分かれていますが、元々は「奥宮」が本宮だったのです。1046(永承1)年の水害で社殿が流され、1055(天喜3)年に今の地に本宮は移されました。

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背の高い木々が陽の光を遮り、昼でも薄暗い奥宮には神秘的な雰囲気が漂っています。実際には見ることはできませんが、この奥宮の本殿の下には“竜穴”があると言い伝えられており、調べてみると本当に大きな穴があるそうです。幕末の頃、本殿の修理をしていた宮大工が誤ってノミを竜穴に落としてしまったところ、突然、竜穴から暗雲が湧き立ち、一瞬、突風が吹くと、ノミは空中高々と吹き上げられ、本殿の屋根の上に落ちたという不思議な言い伝えが残されています。

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本当のことかどうかはわかりませんが、そのようなことが起きてもおかしくない神秘的な雰囲気が確かに奥宮にはあります。

数々の伝説が残る貴船神社

神秘に満ちた貴船神社には数々の伝説が残されています。例えば、貴船神社は神社の御神木に藁人形を釘で打ち付け、特定の相手に呪いを掛ける儀式である「丑の刻参り(うしのこくまいり)」の発祥の地とされていますが、その所以となるのが謡曲『鉄輪』の題材となった「宇治の橋姫」の伝説や貴船の神様の従者であった「牛鬼(うしおに・ぎゅうき)」の伝説です。(「宇治の橋姫」に関しては『京都怪異譚 その4「鉄輪井~悪縁絶ちきる井戸」』に、「牛鬼」に関しては『京都怪異譚 その21「貴船神社に伝わる牛鬼伝説」』にそれぞれ詳しく紹介していますので、興味のある方はご覧下さい)

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このように神秘的な貴船神社だけに、オカルトチックな伝説が多くようですが、中にはロマンチックな伝説も残されていました。

和泉式部の愛のエピソード

本宮と奥宮の間には「結社(ゆいのやしろ)」と呼ばれる社があり、そこに縁結びの神様「磐長姫命(いわながひめのみこと)」が祀られていることから貴船神社の神は男女を結びつける、つまり、縁結びの力があるとも言われていますが、それは平安時代中期の歌人・和泉式部のエピソードに由来しています。

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和泉式部には藤原保昌(ふじわらのやすまさ)という夫がいましたが、ある時から愛する保昌が心変わりし、自分から離れて行ってしまうのではないかと、式部は思い悩むようになりました。そこで、自らの心を癒やそうと式部が貴船神社に詣でたとき、貴船川に舞うホタルを見て、ひとつの歌を詠みました。

『もの思えば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づる魂かとぞ見る』(意:恋に思い悩んでいると、川に飛び舞っているホタルの消えゆくような儚い光は、まるで自分の魂から抜け出て飛んでいるかのように見えてくる)

すると、不思議なことに貴船明神はこの式部の歌に対して『奥山に たぎりて落つる滝つ瀬の 玉散るばかりものな思ひそ』(意:山の中でしぶきをあげて飛び散る滝の水玉のように、あなたも思えばよい。あまり思い詰めないように)と返歌したのでした。それから暫く後、式部の願いが貴船明神に届いたのか、式部と保昌の夫婦仲は円満になりました。

このようなことがあって以来、貴船神社は“恋の宮”と称されるようになり、恋愛成就や縁結びを願う女性から人気を集めるようになったのです。今では本宮と結社と奥宮を結ぶ道を「恋の道」と呼ばれています。

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貴船口駅から貴船神社に向かう道の途中には、“蛍岩(ほたるいわ)”と呼ばれる大きな石がありますが、この辺りでは6月下旬頃になるとホタルが飛び交うことから、ホタル狩りを楽しむ恋人たちが多く訪れます。もしかすると、式部はこの蛍岩の辺りで歌を詠んだのでしょうか…。

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絵馬発祥の地

神社を訪れると必ず見かけられるもののひとつとして、“絵馬”がありますが、貴船神社はこの絵馬の発祥の地でもあるのです。

平安の時代から、都の水源地であった貴船は川上の神として崇められてきました。そのため、雨が長く降らなかったり、逆に雨が長く降り続くと、朝廷は貴船神社に使者を派遣し、雨乞いの祈願には黒毛の馬を、雨止めの祈願には白毛の馬を献上するのが習わしになっていました。この祈願は度々、行われていましたが、次第に実際に生きた馬を祈願の度に献上するのが大変で、困難になってきました。そこで考え出されたのが、生きた馬に代わって木の板に馬を描いた「板立馬(いたたてうま)」というものでした。その後、「板立馬」を奉納することが慣例となり、それが絵馬の形へと変わって行ったのです。

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万物のエネルギーである「氣」が根源となっている貴船神社。パワースポットの中のパワースポットとも言えるほど「氣」に満ちあふれた貴船神社で願い事をすれば、もしかすると貴船の神様がその願いを叶えてくれるかもしれませんよ。

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貴船神社:京都市左京区鞍馬貴船町180 TEL : 075-741-2061

(写真・画像等の無断使用は禁じます。)

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