清水の舞台から飛び降りる

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「よっしゃー!、決めた!ここは清水の舞台から飛び降りたつもりで・・・」なんて、何かを覚悟したときや何か大きな決断をしたときによく使われるのが、この「清水の舞台から飛び降りる」ということわざ。あまりにも有名で、誰しもが知っていることわざですが、“清水(きよみず)”とは世界文化遺産のひとつでもある京都の清水寺のことであることもまた言うまでもないほど、よく知られていることですよね。今回はことわざにもなったいる「清水の舞台」の話をしましょう。

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清水寺の名前の由来は、“湧き水”

清水寺は東山・音羽山の中腹にある寺院。その歴史は古く、延鎮上人(えんちんしょうにん)というお坊さんが平安京遷都より以前の778(宝亀9)年に開山し、初代征夷大将軍である坂上田村麻呂によって創建されたとされています。

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清水寺はもともとは「北観音寺」と呼ばれていたのですが、境内に湧き出る水が観音信仰の延命水として神聖化され、その水が清めの水として広く知られるようになったことから、いつしか「清水寺」と呼ばれるようになったとのことです。その由来となった清めの水は今でも湧き続け、境内にある「音羽の滝」として親しまれ、柄杓で落ちてくる湧き水を受ける観光客でいつも賑わっています。

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清水寺の最大の見所、「清水の舞台」

清水寺の見所は数多くありますが、何と言っても最大の見所はことわざにもある「清水の舞台」でしょう。

清水寺の本堂に清水の舞台があります。舞台の床には檜の板が約410枚も敷き詰められていて、その広さはなんと100畳(約190平方メートル)もあるそうです。実際に舞台に立ってみるとその広さを実感することでしょう。

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そして、その巨大な舞台を支えているのは18本の欅の柱。格子状に木材を組む「懸造り(かけづくり)」と呼ばれる伝統的な工法が使われていますが、この工法が舞台がある急な斜面でも耐震性に優れた構造を作り出すことを可能にしているそうです。

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清水の舞台を下から見上げれば、整然と立ち並ぶ柱に圧倒されますが、今から1200年以上も前にそんな工法を産み出した先人の知識と技術にはただただ驚嘆するばかりです。

さて、舞台は京都の街が一望できる格好の展望台。ことわざに「飛び降りる」とあるように、舞台から下をのぞき込むと確かに「飛び降りる」という言葉に相応しい高さを感じます。でも、舞台の高さは13メートル。300メートルの高層ビルが建つ今の時代からすれば13メートルなんて高いとはとても思えないのですが、二階建ての家すらない平安の時代に13メートルの高さは驚異的な高さだったのでしょう。

清水の舞台から飛び降りた人は本当にいたのか!?

ところで、この清水の舞台から実際に飛び降りた人はいたのでしょうか。

最近、清水寺が「成就院日記」という古文書の記録を調べたところ、江戸・元禄七年(1694)から幕末の元治元年(1864)までの170年のうち、記述が残っていた148年分の記録から清水の舞台から飛び降りた人は未遂も含めて、234人もいたことがわかったのです。

これだけの人が飛び降りたのは、当時の時代背景として命をかけて飛び降りれば願い事がかなうという庶民の信仰があったとか…。いわゆる“願掛け”ですよね。今のように、生きるのが嫌になって飛び降りた人は少なかったのかも知れません。因みに飛び降りた234人の生存率は85.4%。この数値からすると願いがかなった人は少なかったようですね。

清水の舞台は今は人気の観光名所ですが、昔は決死の覚悟で願を掛けた人たちの念がこめられた場所だったのです。

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清水寺:京都市東山区清水1丁目294 TEL:075-551-1234

(写真・画像等の無断使用は禁じます。)

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