京都怪異譚 その26『鬼に盗まれた琵琶』

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弦楽器のひとつ、琵琶(びわ)。琵琶は7~8世紀の頃、中国から日本に入ってきた楽器で、イチョウの葉に似た撥(ばち)で弦を弾いて音を出します。

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琵琶と言えば、平安時代の頃から存在した、琵琶を街中で弾く盲目の僧「琵琶法師(びわほうし)」が浮かびますが、その琵琶法師で特に有名なのは、小泉八雲の怪談で知られる「耳なし芳一」でしょう。

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平家の怨霊に夜な夜な呼び出され、墓場で「平家物語」を琵琶を弾きながら語り続ける盲目の僧、芳一。このままでは平家の怨霊に命まで奪われてしまうということで、怨霊から逃れるために体の至る所に経文を書き、怨霊から芳一が見えないようにするのですが、耳に経文を書き忘れてしまったために、芳一は無残にも怨霊によって両耳を引き千切られてしまう…。

「耳なし芳一」の話は誰しもが一度は聞いたことがある怖いお話しですが、京都にはもうひとつ、琵琶にまつわる奇妙な伝説が残されているのです。

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盗まれた琵琶

平安時代の中期、第62代・村上天皇(946ー967)の時代に、国の宝とされた「玄象(げんじょう)」という名の琵琶がありました。この玄象には奇異な言い伝えがあって、未熟な者が弾くと怒って鳴らず、手入れをせずに弾くとこれもまた怒って鳴りませんでした。また、玄象が置かれていた内裏が火事で焼けてしまったとき、自ら庭に出て難を逃れたと言われています。玄象は、まるで生きた者のようだったのです。そんな摩訶不思議な玄象が突然、行方知らずになってしまいました。

玄象が忽然と消えてしまったことに対して、村上天皇はひどく落胆し、「代々、伝わってきた玄象を失ってしまうとは! これは私に悪意を持つ誰かが盗んだにちがいない。誰だ、盗んだのは! もしかすると、もう玄象は壊されてしまっているかもしれない…」と嘆きました。

「玄象」の紛失を気に掛けた人物

この玄象が紛失したことで、嘆いた人物がもうひとり居ました。その人物とは、管弦の道を極めた殿上人(天皇が日常生活で使っていた建物である清涼殿の殿上の間に昇ることが許された人のこと)で、名は源 博雅(みなもとのひろまさ)。

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ある日の静かな夜のことです。博雅はいつものように清涼殿の殿上の間に詰めていると、南の方角から、かすかに琵琶の音が聞こえてきました。管弦を精通した博雅は、すぐにその音が玄象の音であると確信し、小舎人童(ことねりわらべ)をひとり連れて、内裏を出て、玄象の音がする南に向かって歩いて行きました。

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最初は朱雀門辺りかと思ったのですが、音は朱雀門より更に南から聞こえてきます。「いったい、何処からこの音は聞こえてくるのだろう」そう不思議に思いながら、博雅は朱雀大路を南へと歩いて行きました。

犯人は羅城門にいた!

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次第に平安京の正門である羅城門が見えてきました。この門を出るとそこは洛外…。すると羅城門に近づくにつれて、玄象の音がはっきりと聞こえるようになってきたのです。博雅は足早に門の下まで行くと、音の出所をついに突き止めたのです。玄象の音は羅城門の2階から流れてきていたのです。

「味わい深い玄象の音色…。これだけの音を出せるとは一体、何者…?」 博雅は思いきって門の2階に向かって叫びました。

「そこで琵琶を弾いている者よ! その琵琶は最近、紛失したもので、帝が探しておられる琵琶だ。お前が弾く琵琶の音色が清涼殿まで聞こえてきたので、何処で弾いているのかと探していたのだ」

すると、玄象を弾く音がピタッと止まり、2階から何かが下ろされてきました。それは縄にくくられた玄象だったのです。博雅は玄象から縄をはずし、玄象を手にして、急いで内裏に戻りました。

村上天皇は戻ってきた玄象を目の前に、感激して言いました。「やはり、鬼の仕業だったのか…」

都の人たちは、玄象が無事、戻ってきたことを喜び、博雅を褒め称えたのでした。

鬼の存在

この話は平安時代末期の説話集『今昔物語集』の巻24の第14「玄象の琵琶、鬼の爲に取らるる語」に書かれています。玄象を盗んだ犯人は鬼だったという話なのですが、実はこの話の中には肝心の鬼の姿は一度も現れていません。でも、読み手は“羅城門の2階”とある時点で、琵琶を弾く怪しげな者は“鬼”だと確信するのです。それは羅城門や朱雀門は、大内裏が衰えるとともに次第に荒廃し、門には鬼や妖怪が棲み着いていると信じられていたからなのです。

羅城門の2階から玄象を縄にくくりつけて下ろしたのは実際は単なる盗人だったのかもしれませんが、敢えて犯人の姿を見せないことで、鬼の存在を際立たせたのでしょう。

(写真・画像等の無断使用は禁じます。)

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