幸神社 ~幸福を招く京の神社

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京都御所の北に「幸神社(さいのかみのやしろ)」という名の神社があります。その名前だけで、幸せになれそうな、何とも有り難い感じがしますが、名前だけではなく、実際に恋愛成就や縁結びのご利益があるとされている神社なのです。今回は別名、“さちじんじゃ”とも呼ばれている「幸神社(さいのかみのやしろ)」の話をしましょう。

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“幸福を招く神社”と呼ばれる由縁

幸神社には、ここで愛を誓った男女は永遠に結ばれるという言い伝えがありますが、それはご祭神である“猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)”に由来しています。

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神代の時代のことです。天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が神々を連れ立って、天界から日向の高千穂へ向かっていました。分かれ道に差しかかったとき、一行を待つ神に出会いました。その神は、背が高く、目は赤く輝き、鼻が長いという異様な姿をしていました。因みに、神話の記述には「鼻長七咫、背長七尺」とあり、天狗の原型とされています。

一行の中にいた天鈿女命(あめのうずめのみこと:天岩屋戸に隠れた天照大神を、踊ることで岩戸から出した女神)が、その異形の神に名前を聞くと、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)だと名乗りました。そして、一行の道案内をするためにここで待っていたのだと言いました。無事に道案内の役目を果たした猿田彦大神は、その後、天鈿女命と結ばれました。

幸神社には、このように道案内をした縁で結ばれた猿田彦大神と天鈿女命が祀られていることから、“幸福を招く神社”として崇められるようになったわけです。まさに名前通りの神社なのですね。社殿には「結婚できますように」や「恋人ができますように」といった、縁を望む願いが書かれた多くの絵馬が奉納されています。

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幸神社の本来の役割とは

ところで、この神社の名前を“さいのかみのやしろ”と読むことに、何か意味があるような気がしませんか? 実は、その語源をたどると、“さいのかみ”は「幸の神」ではなく、「塞の神(さいのかみ)」だということなのです。

「塞の神」とは道祖神のことで、疫病や災害などをもたらす悪霊が侵入してくるのを防いでくれる守護神です。幸神社がある位置は、平安時代の地理に当てはめると、平安京の北東の角になり、この位置はいわゆる京の鬼門の位置になるのです。つまり、幸神社は平安遷都以降、1200年もの間、この地で京の町の鬼門封じという大役を担ってきた神社だったのです。

出雲国と関係の深い幸神社

神社の鳥居の端に「出雲路 幸神社」と記された古い石碑が建っていますが、この石碑があることから、幸神社は出雲国と繋がりがあったことが伺えます。実はこの地域は、平安京以前、出雲氏一族の本拠地だったと言われているのです。

出雲国は飛鳥時代に大和朝廷に統合され、それ以降、大和での儀式や労役が必要なときには即刻の対応を強いられたのですが、平安の都にもその情報をいち早く得るための窓口が置かれていました。奈良・京都と島根を結ぶ街道の要所には「出雲郷」という地名が今も残っていますが、この「出雲路」も、そのひとつだったと考えられています。ご祭神の猿田彦大神が出雲路の道祖神でもあることからしても、出雲と深い関係があったことは間違いないでしょう。

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奥深い京都の古社

幸神社の“幸”は、“塞”の読み替えや読み間違いのように言われますが、実はそうではなくて、鬼門封じをすることが幸せを招くことになると考えられて、敢えて「幸神社」としたのではないかと思うのです。勝手な推測ではありますが…。

幸神社は閑静な住宅地の中にある派手派手しさのない小さな神社で、参拝者の姿もほとんどありませんが、歴史的には奥深い京都の古社なのです。

幸神社:京都市上京区寺町今出川上ル西入ル幸神町303 TEL : 075-231-8774

(写真・画像等の無断使用は禁じます。)

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